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生後3年間の原初のこと

 スコットランドのコートニー・オグラディの調査によると、生後3年間の人間の赤ん坊に、どんな刺激を五感に与えるかで、その後の成長を左右するという。コートニー・オグラディ製作のビデオ『タイニー・マインズ』というのがある。こういう分野のビデオを、知能育成ビデオ(知育ビデオ)というそうだ。

パチンコに勤しむ私 私の生後3年間の原初は、このような知育ビデオとは無関係な、もっと乱暴で知的な、図鑑やら百科事典のグラフィックだった。建築や陶器などのデザイン、諸外国の民族衣装、歴史地理に関連する考古学的資料、医学書における様々な写真資料、人体解剖図、理科系の実験資料、天文・宇宙、家庭での営みを模した家族写真、縫製や料理関係の資料などなど。当然それらは、子供に分与すべき視覚を凌駕し、私自身、少なからず混乱を招いたと思う。知識としてでなく、あくまで視覚としての情報であるから、その視覚的刺激は、強烈なものであったと想像できる。
 その原初の記憶が、ふと何かをきっかけにして甦ってきた。あの当時の図鑑事典一切は、とうの昔に処分されていたから、それらをできるだけ正確に、どこの何という辞典であったかを突き止め、全巻を買い求めることにした。私にとってそれは、質屋に入れた品を「買い戻す」ような行為であった。

 結局、数種の図鑑百科事典を入手することができた。

学習百科大事典(保育社)1957年初版
世界大百科事典(平凡社)1965年初版
少年少女学習百科大事典「郷土のすがた〔Ⅰ〕」(学研)1967年改訂版
原色学習図解百科(学研)1968年初版
学習百科大事典(学研)1972年改訂新版
学習百科大事典アカデミア(コーキ出版)1975年初版
学研の図鑑「地球」(学研)1990年新訂版

 当時あった事典は、学研の『原色学習図解百科』である。例として挙げると、この中に、未来の生活居住空間(ロボットとコンピュータとの共存?)なる記事があり、これを何度も見ては、ひどく興奮したものであった。もしこういったような原初が、その後の自分の成長に何らかの影響を与えているとするならば、その個性の種明かしになるのでないかと、思わなくもない。

〈了〉
(2003.12.9)

写真を撮るということ―私的写真賛歌

 幼稚園の時であった。
 カブトムシの絵を描き、先生にそれを見せたら、「それはカブトムシではない」と言われ、何度も描き直しされた。描き直ししても、先生は怒ったままだったので、途方に暮れていると、最後に先生は、私の描いたカブトムシの絵に線を1本引き、カブトムシの画を完成させた。
 要するに、カブトムシの背中の、羽を広げる部分の切れ目が描かれていないということだったらしい。

 ふうーん、と思ったが、その時以来、描くということが大嫌いになった。小学校6年間に描いた絵などは、ほとんどいやいやながらに描いた絵ばかりである。描いて提出しないと、成績が落ちるので、そのために描いた。だから自分のために描いたのではない。
 小学2年だったか、写生会で描いた絵がコンクールに入賞した。ちっとも嬉しくなかった。中学に入って、静物のデッサンをするようになって、多少そのことは習い事だから関心があったが、基本的には好きではないので、授業で描く以外は絵は描かない。高校は工業高校だったので、美術の授業などなく、せいぜい製図を描く程度だったから、やれやれと思った。せいせいした。

 写真を撮るから絵は描かない。絵を描きたくないから写真を撮る。その根源にあるのは、「絵は好き、だけど描くのはきらい」。描かずに絵ができるから、写真がいいのだ。
 そういうコンプレックスのかたまりだから、写真に執着する。写真にしがみつこうとする。写真を撮ることは楽しい。カブトムシを撮っても、あとから誰かに線を1本引かれたりはしない。だから写真が好きである。

〈了〉
(2004.01.29)

旅日記


新幹線と特急を乗り継いで、東北から北海道へと向かった旅。

東北縦断・函館の旅LinkIcon


のんびりと京都の街を歩き、カフェを楽しむ。

カフェと京都と散歩LinkIcon


金沢の町は、やっぱり室生犀星がよく似合う。

“旅と写真”というサプリメントLinkIcon


ひっそりとした山寺の風景は、まるで「月の光」の音楽のようだ。

山寺 Piano RhapsodyLinkIcon

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