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筑摩書房の『高等学校用 国語Ⅱ二訂版』という高校3年時の国語教科書が今でも書棚に残っている。表紙の抽象的なデザインの、その索漠とした印象と「秋山虔・猪野謙二・分銅惇作 他編」という文字が妙に重々しい。昭和63年3月31日(文部省の)改訂検定済の表記がある。実際に私が高校3年時にこの教科書を使ったのは、1990年(平成2年)のことだ。
私が当時この教科書を捨てずに残そうと思った明確な理由は、今となっては判然としない。が、おそらく、国語という教科に対する幾分かの興味以上に、やはりその教科書の装幀と中身の滋味ある文体に惹かれ、後々もそれを眺めていたい、中身に触れてみたいという欲求があったからではないだろうか。実際、その他の教科書はすべて処分してしまったが、ここにその一冊のみが、過去の歳月を経ても尚、現存しているのである。
目次からその内容を書き出してみる。
- ことばと生活
- 小説(一)
- 古典(一)―古代の歌―
- 表現(一)―文章を書く―
- 随想
- 現代詩
- 漢文(一)―古代の詩文―
- 古典(二)―『枕草子』と『源氏物語』―
- 小説(二)
- 評論
- 短歌
- 古典(三)―芭蕉と西鶴―
- 漢文(二)―先哲のことば―
- 表現(二)―表現を磨く―
- ことばと文化
三春駒
筑摩書房のこの教科書を、まったくの情趣抜きで語ることはできない、と私は考える。
第1章の「ことばと生活」の冒頭頁に、福島県産“三春駒”の写真が添えられていた。
例に挙げれば第4章の「表現(一)―文章を書く―」の冒頭頁には、本郷菊坂の路地の写真がある。この章中の「塵の中」の著者は樋口一葉であり、自ずとその写真との関連性が浮かび上がる。他の章も同様である。
しかしながら第1章における“三春駒”は非常にわかりづらい。
第1章は唐木順三著「疎外されることば」と長田弘著の「ことばとつきあって」であり、その内容と直接関係ないように思われる。長田氏は福島県出身で、彼の文章の中に、〈どうもわたしの成長した東北の地方都市の周辺は、日本語のなかでのいわば無アクセント地帯ともいうべきところに位置するらしくて――〉とあり、福島という点では関連性があるが、“三春駒”には行き着かない。
高校生であった当時の私の謎めく想念は、ここまでで終結させられた。
ところが、今となっては謎でも何でもないことであった。長田弘氏は福島県福島市出身であるが、疎開先の岩代熱海から三春の小学校に入る。やがて福島市に戻るも、高校は福島県立福島高等学校を卒業する。彼が卒業したのは三春町立三春尋常高等小学校(現・町立三春小学校)であり、現住所は福島県田村郡三春町字大町である。長田氏と“三春駒”は歴然と繋がっていたのだ。


