ある情景―心象より―

〈一〉

 そこは東欧かフランスか、アイルランドのような、ロシアのような街。
 酒場の男たちは、妻や恋人を抱き、息をひそめる。ある者は女の手を離さず握っていた。

 私は酒場を出て、街を走った。憲兵がいつ現れるとも限らない。音を立てず、物陰に隠れながら、郊外へ抜けようとした。

 だが空から焼夷弾の雨が降ってきた。湿った路面が爆音と共に粉々に砕け散る。煙が舞い上がる。鉄の雨をよけながら、私は走るしかなかった。恐怖を感じた。

〈二〉

 船に積まれた女たちは、腕を後ろに回され、縄で縛られていた。五十人はいただろう。

 泣き叫ぶ者はやがて海に突き落とされた。次々と海に放り出された。水しぶきを上げた海面に漂う死骸の群れを見た。真っ白く光っていた。尚も揺れ動く無人の船には、湿った甲板の上に太いロープがあり、水平線との構図の美しさを印象的に描いていた。

 私は海の底から、女たちの泣く声がきこえてくるような気がした。

〈了〉
(1997.05.21)